2013/05/27

旅の途中で

そこはおかしな街だった
夜更けに荒地を抜けて街の入り口に立つと
犬が一匹疲れた顔で俺に聞く
「おまえはどこへ行きたい」
「どこかへ」俺が答えると
そいつはがっかりした顔で苦笑いしながら
「そんな場所はないさ」と言い捨てて
どこかへ言ってしまった


街の入り口には酒場が一軒

店の前では酔っぱらった女がしゃがれた声で
聴いたことのない歌を歌っている
「世界は全く素晴らしい あるいは全然素晴らしくない」
なんという歌かと俺が訊ねると女は
「歌に名前なんてないわよ」
それだけ言うと眠ってしまったようだ





酒場に入ると見るからに疲れた男がひとり
俺を一瞥するとカウンターに目を戻して
酒瓶の並んだ棚に何か話し続けている
二つばかり隣の席に座り
聞くともなしに聞いていると
「俺も昔…」で始まり「俺は今じゃ…」
で終わるおなじみの話しだった
最後のほうはよく聞き取れなかった
酒場に音楽は流れていなかった
酒はちっとも効かなかった


酒場を出て通りを抜けると海に出た
田舎町のどこにでもある何もない浜辺だ
よく太った女のような魚が水面から話し掛ける
「よく来たね ここへは何しに?」
全く質問の多い街だ
「具体性がほしいんだ」俺が答えると
魚は鼻で笑ってパシャリと水中に消えていった


浜辺を抜けるとゆるい上り坂が

楡の並木に沿って続いている
坂の途中の小屋の前で
老人の顔をした子供が
子供の顔をした老人と遊んでいる
子供は老人の言いなりで
老人は子供の言いなりだ
しまいに二人の顔は
見分けがつかなくなった


坂を登り切ると街の出口だ
言葉が突っ立っていて俺をじっと見ている
言葉は何も言わなかった
「やれやれ…」俺はつぶやいて
そいつを連れて行くことにした


全く変な街だった