2010/07/23

blogにしてみました

と、言うわけでホームページを一年以上もほったらかしにしてしまいましたので、ここらで心機一転、Blogに移行してみました。
しかも流行のアメブロでもジュゲムでもなく、WordPressでも MovableTypeでもなく、なぜかBlogger。


しかし、これで爆エロ情報はバッチリ!の筈!
今度こそ、今度こそこまめに更新するのだ。いや、ホント。


基本的に一緒です。前のページから移した物もあります。まだ移してない物もあります。移さない物もあります。メールも送れる筈。その筈。


また詩もエッセイも新しく追加していく予定。


自己紹介は新しく書きます。もうちょっと待っててね。


そんな見切り発車な爆エロblog、どうぞよろしく。

Farther Along

 最近、自分と自分の音楽との距離に付いて考える。


 ある程度客観視できるようになったのは、情熱が薄れたからではなく、ちゃんと向かい合えるようになったからだと思う。20代の頃は、音楽でもなければ世界と 繋がっていけない、などいう強迫観念のような物に縛られていた気がする。そのくせ他人のせいにして演奏していたようなところがあった。
気がついたら、というよりは気が付かない振りをしていたことを認めたら
少し楽になった。


私は天才でも改革者でもない。
だが、私は私において特別なのだ。あなたがあなたにおいて特別であるように。私には私の音楽を伝える義務と権利がある。その権利とはある種の特権である。私以外の人にはどうでもいい特権であるが。



私達は少しずつ少しずつ理解していく。
我に於いて我は正しい。



遠い日に私達は知る
はるか遠い日に
私達はその訳を理解する
陽だまりに暮らす
兄弟達を勇気づけ
私達は理解していく
少しずつ


Farther Along(words by Unknown)
2006.3.16.

おまえに名前を付けてやる

 半日かけて書き上げた8月のスケジュール詳細は「エラーのため終了します」の一言を残し吹っ飛んだのでちょっと待っててください。

今日はBOOKWORMという、遠藤がかれこれ7年ばかし参加させてもらっている「言葉のイベント」があった。そこで気になる面白い話がいくつか出たの でメモ代わりに。詳細めいたものはBOOKWORMのレポートページで書くけど。

微妙に連携していく話の最初は、久々にBOOKWORMに、しかも子連れでやってきてくれたとある女性の詩人の方。養老孟司の「解剖教室へようこそ」の 紹介。名前を付けるということによって物事を分化、概念付けするという話。

続いてBOOKWORM初めの頃から参加してくれている小説を書いている女の子。人間の共通意識について。心理学の世界で「共意識」なんて事を言い出したのはユングだっけ?

次は僕と同い年の役者をしている男。今、世界中の役者と「バベルの塔」の芝居を作っている、と言う話。世界はかつてひとつの町で、人々は皆同じ言葉を話していたってアレね。

最後の登場人物はBOOKWORMのスタッフもやっている音楽家。昔、陰陽師たちは名前を付けることによって呪(しゅ)をかけた。と言う話。

ここまでが前置きで、ここからはよくここで書いてきた「世界や物との関わり方」と、遠藤的ブルース論の話。

「ブルース」とは抽象概念だ。 音楽のジャンル・形式で言えば「ここからここまではブルース」「ここからこっちは別の音楽」といった明確なボーダーはない。12小節の3コードで演奏され る音楽が全てブルースかというと決してそうではない。よく「魂の音楽」なんて言われ方をするが、CDショップの「ブルース」のコーナーにも魂の抜けたぺ らっぺらの音楽は並んでいるし、ジャズやロックばかりでなく日本をはじめとする世界中の民謡にも「ブルース的」なものは存在する。

「ブルースはただの音楽のじゃないんだ。」

多くのブルースマンと呼ばれている人たちが上のような発言をしている。これは「ブルースってのはすごい音楽なんだぜ」と言う手前味噌の自慢ではなくて、 「音楽それ自体だけを指す言葉ではない」という意味だ。

もともとは、おそらくアメリカの黒人達が、世界に満ち溢れている厄介ごとに対して「ブルース」と言う名前を付けた。たとえば女とうまくいかない事と、昼飯 で入った蕎麦屋の親父の愛想が悪いことには何のつながりもない。でもそれはどちらも自分をモヤモヤしたやり場のない嫌な気持ちを起こさせる。形もなくて、 なんだかよくわからないものに対して僕達はものすごく弱い。そこでそのモヤモヤについて「ブルース」と名前を付けて人や物のように扱うのだ。そいつの悪口 でも歌にして歌ってやればちょっとはいい気分だ。

世界と折り合いをつけて行く方法としてはなかなかいいアイデアだと思う。「そいつ」のことを知らない奴にその悪口ソングを歌っても「いい歌だね」ぐらいしか伝わらないだろうけど。

現に今でも僕の部屋の真中ではブルースがでかい顔をしてあぐらをかいている。
放っときゃいい。そのときが来るまで。
2005.7.31.

人生は錆との戦いでもある

古くて小さい車に乗っている。


ひとつ年下のかわいいやつだ。
いたってシンプル。余計なものは何もついていない。
エアコンももちろんついていないので夏場はタオル必携、高速でも窓全開。
「かわいいっ!今度一回乗せて。」なんていう女子は一度乗せると二度と乗りたがらない。



ボディ各部の錆や傷は隠すべくもなく、ちょっとした不調は引きもきらず、つい先日も運転席のシートの付け根が鉄板ごともげた。
だが、それを差し引いても、その「物としてのかわいらしさ」には代えがたい。板金屋の親父はいい人だった。
第一、自分ももし車だったらこれぐらいなんだろうと思ってしまうと冷たくするには忍びないのである。
人を見るかのように、アンプを積み込んでこれからライブ、とか、かわいこちゃんと初めてデート、とかいった肝心なときに限って「プスン」と言ったきり動か なくなったりするのだが。たまに臍を曲げるかわいい恋人、といったら言い過ぎか?言い過ぎだな、ちょっと。



30何年前に走るために作られた車が、未だに走るために存在している。
それが今までスクラップになることもなく俺の手元にたまたまやって来た。
多少機嫌が悪くても少し手をかけてやればけろっとして走り出す。
そしてたっぷりの季節感と、「いや~、懐かしいね」という見知らぬおじさんからの賞賛と、多少偏ったメカの知識を与えてくれるのである。
道具としての「モノ」との関係としてはなかなか悪くない。



そんな車に乗っていると「俺もこういうの好きなんだけどね。お金かかるでしょ。」やら「壊れたときに自分で直せないから。」と、言われることがある。
そうでもないですよ。それにあなた、現代の車が壊れても直せないでしょ。
などとは決して言わず「おぉ、よしよし。」とか「おぉい、しっかりしてくれよ。」などと独り言のようにつぶやきながらまた走り出すのだ。
白煙を上げながら。



古い車に乗るということは、そういう風に生きるってことだぜ。


そんなわけで、おそらく日本一錆止め塗料に詳しいブルーズマン・遠藤コージがお届けするこのコーナー。またしてもしばらくサボってしまいましたが、ほのかな反省と共に再開したいと思います。どうぞごひいきに。
2005.3.21.

ドアを開けるのは私の手ではない

ノブを握って扉を開け、踏み出すのは私の意志だ。
だから、 自動ドアに反応されなくたってへっちゃらだぜ。

2004.6.22.

私はりんごである

  • りんごがテーブルから落ちた
  • The apple fell from the table.
  • Va=gt(りんごの落下速度は重力加速度と落下時間の積に等しい
  • 北緯xx,東経xxにおいて質量xxgの物体が海抜xxmからxxmに移動した。
  • いやー、昨日酔っ払ってさ、りんごを…
これらは全て同じ事象を指している。りんごが落ちる決定的瞬間の衝撃映像も、りんご落下のテーマ曲も全て同じ事柄について述べている。

芸術にしても、物理学にしても根本は同じ物なのだと思う。以前にも書いたが、それはたった一つだけ存在するであろう世界を、本当に存在するかどうかすら怪 しい僕達が共有する為の記号である。その記号を使って、アインシュタインはロマンチックな公式を書きとめ、ジミヘンドリクスは彼の宇宙の構造を証明してみ 見せた。

そこで描かれるものは、りんごや僕や君を含めたたった一つの同じものだ。それを宇宙と呼ぶか、世界と言い換えるか、またはラブだったりブルースだったり、クソでもいいや。

てな訳で、ひそかにちょっとだけニューアルしました。ついに完全モノクロ化。下のほうにあった遠藤のりんごは世界の端っこの方にこっそり持っていきました。覗いてみてください。

あ、それからもうすぐハンチング2。出演者全員気合が入ってます。遊びに来て下さい。当日、ハンチングを被ってきてくれた方には、うーん…感謝の言葉を贈ります。
2004.3.31

肉体は時々精神を裏切る

ある朝、目を覚ますと顔の右半分が動かなくなっていた。うがいをすると水がピューピュー漏れる。病気自慢みたいでかっこ悪いのでここには書かないつもりだったが、自分の中でなんとなく収まりがついたので書いておこう。
数年ぶりに病院に行ってみると医者は「顔面神経麻 痺」だという。疲労やストレス。オブラートに包んで遠まわしに言うが、要は不摂生が原因だということらしい。心当たりには事欠かない。「薬を飲んで安静に していれば治ります。8割ぐらいの確率で。」と、言うので、そうですか、と薬をもらって帰ってきた。実にブルージーな病気だ。

身体の一部が思うように動かなくなってみると、心と身体の一体感が希薄になる。結局の所、自分の身体も「モノ」なのだ。 僕が呼吸をし、生きているのは神様の奇跡でもなんでもなくてそれぞれの器官がそれぞれの機能を果たしているという事に過ぎない。だからある日、ちょっとし た事で故障したりもするのだ。気合バッチリのライブに限ってギターの弦が切れるみたいに。今回はたまたま顔だったが、場合によっては心臓だったかも知れな い。大げさかも知れないけれど。

僕達は当たり前の事をすぐに忘れてしまう。

多分今日は死なないけれど、多分あと100年は生きないだろう。常に全力疾走はできないけれど、試合終了の合図が必ず鳴ることは覚えておいた方がいい。



と言うわけで、身体と同じように僕を裏切り続ける、それでもかわいい「モノ」達の紹介もアップしました。

心配してくれた皆さん、ありがとう。大分動くようになりました。それと健康にはくれぐれも気をつけて。身体も大事に使えば死ぬまで使えるよ。

2004.2.18.

君と僕

12月は結局何も書かなかった。ほったらかしにも程がある。
と、言うわけで愛すべき世界中の皆さん、あけましておめでとう。

今回は、酔っ払った時によくする話をしらふの時に書いてみた。

この世界には2種類の人しかいない。「私」と「私以外の人たち」だ。「私」は通常一人、ジキル博士でも2人。ビリーミリガンでもせいぜい20人ちょっと。それに対して「私以外の人たち」は64億人ぐらい。多分。数字で書くと1:6400000000!桁多っ!多勢に無勢。圧倒的小数派。僕達が孤独なのはきっとこのせいだ。

世界中にあふれるこの圧倒的多数派の人たちと僕は完全に分かり合うことはできない。彼等の脳みそと僕の脳みそは物理的に違うものだし、脳みその中身を全部 伝えてくれる便利なケーブルもまだ発明されていないからだ。 「わかるわかる、その気持ち」なんて言う奴を簡単に信じちゃいけないぜ。
彼や彼女たちの気持ちはあくまでも想像することしかできない。
あの人が見ている月と僕が見ている月はどこかしら違うかも知れないし、残念ながらそれを確かめる手段はない。

でも、そう考えると新しい人と出会うということは、新しい宇宙と出会うことだ。64億個の宇宙!!しかもその全てが実際に存在するはずの宇宙とはちょっとずつずれている。はず。

だから僕やあなたは必死になって話したり、歌ったり、絵を書いたりするのだ。 「私はあなたではない」という事実は言葉や音楽を含んだコミュニケーションという悪あがきの一番根っこになっているものだと思う。本を読み、音楽を聴き、 人と話すのは、他の宇宙がどうなっているか知りたくて仕方がないからだ。自分対世界という圧倒的な孤独から逃れる為に。

僕は君でなくてホントに良かったよ。おかげで僕は君と会うことができる。

おそらく僕等が学ばなければならないことは、「他の人たちは自分とは違う」ということではなくて「他の人たち自分と同じように違う」 ということだ。ラブなんて結局想像力だろ?

あなたの宇宙はどんなですか? 僕の宇宙は…。

2004.1.10.

僕の体の何パーセントかは、あいつの作ったものでできている。

ホームぺージ作成から早ひと月、このコーナーも見事なまでの放置っぷりでしたが、意外にもいろんな人から『早く更新するように」というお叱りを受けました。スミマセン。
今回は料理の話。
 

人生の半分以上を一人で暮らしているので、結構料理とかできるんです。
どちらかと言えば、「できる」と言うより「好き」なので積極的に自炊したりするわけです。
それも別に食べたいわけじゃなくて作りたい物を。
日曜大工のお父さんが、使いもしない棚をどんどん作っちゃうように、材料を集めて作るのが楽しいだけなので、夜中の10時位からカレーを煮込んでいたりす るんです。で、できると満足して寝ちゃうの。食わずに。
しかも自分しか食わないのに人参の面取りとかキッチリしたりして。
完全にホビーです。またはある種の病気です。



さて、そんなわけで職業として料理を作っている、所謂「料理人」の友人達と料理の話なんかをしていると嬉しくてしょうがないんですが。何かすごい技とか聞き出してやろうとか思ったりして。
で、そんな中で『本当に美味いものを食っているときの人間はものすごく幸せそうな顔をする」という話になったことがあります。
確かにそれは本当にその通りで、しかも食べ物の場合、「あれは美味かったなぁ」という幸福な記憶と共に、それが物理的に自分の体の一部になっていくという 絶対的な事実があります。この事実には何もかなわない。



そういった意味では音楽なんてウンコにすらなりません。
幸福な世の中を作るのは政治家でも思想家でも芸術家でもなくて、腕のいい料理人かも知れません。
そうは知りつつも、僕もせめて誰かの幸福な記憶の一部になれるような音楽を作っていきたいなどと思うのでした。
爆音でエロでしかもブルーズなのに。



2003.11.11

ハンチングワールド

ある友人(40代)の発言。「ハンチングワールドってのが確実にあるよな。なんかをやってやろうって言うかさ…。」
彼が言わんとしているのは、象のマークのかばん屋のことではなく「ハンチングキャップを被るような人たちのカルチャー」が存在する、ということらしい。


僕は何しろ帽子を被る。 前に2人組みのユニットをやっていたときは「帽子の方です」と自己紹介していたほど、ほぼ
常 に帽子を被っている。帽子を被るということは「帽子を被った人」になる、ということを選択することだ。帽子を被っていない人には2種類いる。「帽子を被ら ないことを選択した人」と「そんなこと考えたこともない人」だ。それは外観からはわからない。しかし、「帽子を被った人」は確実に「被ることを選択した 人」だ。自分が何者であるかを一つ選択した人である。僕はギターを弾き、歌を歌い、なおかつ帽子を被った人であることを選んだのだ。
 

前出の友人の発言はそういうことだと思う。人は帽子を被るのではない。「帽子を被った人」になるのだ。そして今日もドアを開けて出て行くのだ。お気に入りの帽子を被って。なんちゃって。

選択の余地がないことなんて五万とあるだろう?帽子なんて簡単だぜ。
因みにハゲる気配は今のところまだない。

2003.10.18.

ブルーズと暮らしている

忘れた頃に あの娘がやって来て
世界をカバンに詰め
全部持って行ってしまった
それから俺はブルーズと暮らしている

夜更けの夢に あいつが現れて
訳を知っているかと聞く
知らないと答え そこで目が覚めた
それから俺はブルーズと暮らしている

夜明け近く ベルが鳴って
ドアを開けるとそこに
なにくわぬ顔で ブルーズが突っ立っていた
それから俺はブルーズと暮らしている

ある日おなじみの男が現れて
俺の肩を叩き
「OK!お疲れさん もういいよ」と言う
それまで俺はブルーズと暮らしている

2005.4.John Hurtに

水の底のような街で

水面に月は晧々と照らし
川底で魚は水の悪口を言う
俺を乗せたバスはゆっくりと進み
誰かが呟いた
「安心したいんだ」



夜の底をバスは静かに通り過ぎ
信号待ちの少年がこちらを見上げる
痩せて背中を丸めたあいつは誰だった?
尋ねる声がする
「いくつ手放した?」

水の底のような街で


名もない街角で俺はバスを降り
長い帰り道を一人歩き始める
遠くで新しい雨が降り出した
また声が聞こえる
「欲しいものは何だ?」



水の底のような街で
2005.2.何かを待ちながら

約束

大切な約束を果たせなかったために
この街の夜空には
いくつか星が欠けている



祝福されることもなく
遠く旅に出た人よ
今夜おまえの悲しみをいくつか
置いていってはくれないか



困難な毎日を乗り越え祈りもするが
些細なことでもめてから
神様とはうまくいっていない



祝福されることもなく
長い旅に出た人よ
今夜俺のこの罪を
いくつか許してはくれないか



今夜この街の鳥達は
「コドクダ コドクダ」と鳴く

2002.7 大切な友人のために

時には雨に打たれ その冷たさを知ろう

雨にぬれるのがいやで
僕達は傘を手に入れた

それでもぬれてしまうので
もっと大きい傘を手に入れた

傘はどんどんと大きくなって
僕達はとうとう全くぬれなくなった

そして傘はすっかり空を覆ってしまい
雨が降っているのか
どうかさえもわからない
今ではもう誰も傘を
閉じることができない


2001.6.29.

ムーンライト・ドライブ

6月のとある日曜深夜 玉川インター
今宵の第三京浜ハイウェイは月まで続いている
カーステレオからのBGMは
大音量のマンボ

ペレス・プラードはシンコペーションで
多摩川を軽々と飛び越え
叩きつけるピアノの不協和音は
一瞬ごとに世界の秩序を打ち壊し続ける



八分音符を満載した銀色のトラックが
追い越し斜線を滑りぬけていく
鼻歌のディーゼルエンジンが
黒煙を吐きながら音速を超えて行く



左手には身長99メートルの
巨大なブラジル人が1人
競技場の縁に腰をおろして
ボサノバを歌いながら
世界は狭すぎると嘆いている



そして俺の70年式スバルは
後少しで静かの海にたどり着くかと思われたが
ガス欠のためやむなく
保土ヶ谷インターで途中下車 
こちら側の我が家にたどり着いた

2003.7.20

トレインソング

いつもの電車に乗る
向かいの席では
私よりも短く髪を刈り込んだ
中年女が窓の外を眺めている
ひざに開かれた、読まれていない雑誌のページには
大きな文字で「花火師」とかかれている


傍らの三人掛けのシルバーシートでは
屈強な男たちが三人
無理やり体を押し込んで
汗をかいている


女子高生たちは
携帯のメールと
期末試験の話に忙しい
一人が事務用のりを取り出して
ソックスを固定し始めた


私はうとうとしながら
気味悪い夢を見始めた
その内容はこうだ


私はこの町と
私が生まれた町の
ちょうど中程にある
古びた遊園地に一人でいる
実際にそんな場所は存在しない
なぜならばその遊園地には
ジェットコースターはおろか
娯楽施設なんてひとつもなく
無機質な灰色の建物が
幾つか並んでいるだけなのだ

要するに私は遊園地と名のついた
ただただ広大な何かの工場か
コンビナートのようなところにいるわけだ
しかもたった一人で

轟音に空を見上げると
ニュースなんかでお馴染みの
よくある形の戦闘機が9機
きれいに編隊を組んで
通り過ぎるところである
確かに、間違いなく9機だ
3機づつ3組だから

ぼんやり眺めていると
後方の一機が
隣を飛んでいたもう一機に接触し
小さく光ったかと思うと
ほぼ垂直に、絶対にありえない角度で
墜落して行く

するとその飛行機が落ちたあたり
まさにそのあたりが
音もなく真っ白に輝きだす
まるで太陽みたいに
私はもう、そちらを見ていることができなくなって
目をそらす

振り向くと
私の後ろではいつのまにか
作業服の男が
見たこともない機械を相手に
ぶつぶつ言いながらなにやら作業をしている
「あの、避難とかしなくていいんですかね」
恐る恐る声をかけると男は手を止めて
「そのうち、放送で指示があると思うから」
面倒くさそうに言うと
道具を片付けてどこかへ行ってしまう

そんなものか、と思い
なぜかもう終わりだなと思う
光はますます強くなっていく
放送は永遠にないだろう
と、ここで目が覚めた

さて、電車は

向かいの女はまた雑誌を読み始めた
「花火師」のページは
とっくに読み終わってしまったようだ


一人に減ったシルバーシートのマッチョは
ぐっすり眠っている
十分にスペースをとって


のりが乾いた高校生たちは
みんな降りてしまったようだ


列車が速度を落として
最後の通過駅を通過する
ホームには17、8歳の少年が立っている
やせて、ひどく不機嫌そうなそいつは
どうやらかつての私のようだ
列車が通過する瞬間
一瞬だけ目が合った


程なく、列車はいつもの終点の駅に

降り立った私は白髪の老人になっていた

2002.7.27

駅に急ぐ

「君はもう行かないと君の列車に乗り遅れてしまうぜ」
無精髭の聖者がバーカウンターに寄りかかって俺に言う



俺は傍らの荷物を引っ掴んで店を飛び出した
背後からバーテンダーが伝票を片手に追いかけてくるが
今はそれどころではない



道の真中ではでっかい金髪の男が
浅黒い髭面と大声で怒鳴りあっている
俺は奴等の間を割って走り抜けた



急がなくては
何がなんでもあの列車に
乗り遅れるわけにはいかないのだ



遠くで発車のベルが鳴っている
俺はスピードを上げた
町の景色がドロリと融けて
背後へと飛んでいく



次の瞬間 俺は駅にたどり着いていた
「間に合った!!」 

息を切らして見渡すと
辺りには誰一人
駅員すら見当たらない



そこで俺はやっと気がついた
俺が乗るはずの列車など
いや、駅すら初めからそこにはなかったのだ
ただ、人の悪い酔っ払いに
からかわれただけだったのだ



ガランとした空き地を後にすると
俺は今来た道をとぼとぼと歩きはじめた

2003.11.30

BOOKWORM2周年に寄せて

知らない街の本屋の店先に座り込んでいる
幼稚園の庭の年老いたバラの木を思い出す
まだ生まれていない子供達が
まだ書かれていない本を読んでいる
マングローブの林の陰では
極彩色のカエルが鳴いている
彼女はまた些細なことで
少しだけ傷ついている
おなじみのカラスは
何食わぬ顔で
何を食う?

<ご自由にお使いください>
架空の島の
楽しげな踊り
髭面の老人が
シタールを弾いている
ヴォロドローンは
最後のフレーズを
少しだけ早く入った
君はちょっとした
秘密を打ち明けている
僕の血は少しどろっとしている
誰かが月に願い事を書いた
シャープペンの芯を長めに出して
あの魔法のマイクの前で
BOOK WORM2周年おめでとう!
2000.3.25

彼の有名な
世界最強の
偉大なる虫

時代の寵児
経済の首領
メディアの王

時代をリードし
情報を操作
だけど冬まで
虫だから

日付不明

2010/07/22

大事なものは

大事なものは大事に取ってある
大事なものだけ大事に取ってある
溜息のような月がまた出ている

どこへでも行ける列車を発明した
どこへでも行ける列車を発明したぜ
14インチの窓から何が見える 

 
ブロックの割れ目に世界が落っこちる
ブロックの濡れた割れ目に世界が落っこちていく
遠くの港に見知らぬ船が着く



大事なものは大事に取ってある
大事なものだけ大事に取ってある
ドアにガチャリと鍵をかけたのは誰だ

2004.2.濱ロック冬篇のために

散々な酷い一日だった

うなだれて歩く俺の頭の上で
月は電線に引っ掛かって
のんきに鼻歌なんか歌っていやがった

俺は少しだけ意地悪がしたくなって
大声で悪口を言ってやったのさ
2つ3つね

すると月は少し悲しそうに
雲に隠れてしまったんだ

それ以来、俺は何日も月を見ていない

1999.8.17

目的と手段

目を開きなさい
それはそこにしかないから
目を閉じなさい
それはそこにしかないから
1999.7.27
喧騒の幻想
誰かの忘れ物



憂鬱な退屈
ゴキブリさえも夢を見ている



いつか来るはずのいつか
思い出せない思い出



幻覚の錯覚
2件隣は世界の端っこ



曖昧な確信
確実な不安
驚愕の音楽



俺にビールをもう一杯


できるだけ早く

2000.6.17 Bar Halloweenに


乾杯の辞

ロックン・ロールのの神様に

彼や彼女が幸せであるように

ここにいるすべての人達に

ここにいないすべての人達に

すべてのすばらしい人達に

すべてのすばらしくない人達に

いい事がいっぱいあるように

本当にそうであるように

願わくば私にも
2000.6.6

変身

ある朝、目覚めると私は一人の人間になっていた。

自慢の美しい羽も、誇らしげな角も失われ、醜い鈍重な肉と見苦しい毛だけが私の骨格に纏わりついていた。
落胆のあまり私は初めの数日を泣いて過ごした。
そもそもこれまで目や鼻から液体を分泌した事などなかったのだ。
口からはおぞましい嗚咽が漏れ、それが私を尚一層悲しくさせた。

もう二度と夕暮れの川面を、せせらぎの飛沫をうまくよけながら飛び回ったり、初夏の森の葉陰で仲間達と濃厚な樹液をすすることも無いのだ。
あるとき私は思い立って脱皮を試みたがしかし背中の皮はピクリともしなかった。

死んでしまおうとも思ったが、その方法すら思いつかなかった。
街灯に飛び込んだくらいではこの巨大な体が燃え尽きるとは考えられなかった。
私は運命を呪い神を呪った。

だがそして数日の後、私はついに立ち上がり人間として生きる決心をした。
覚悟さえついてしまえば、なれない2本の足で地面を踏んで歩くのも、獣の肉や草の実を丸ごとほおばるのも悪く無いように思えてきた。
甘い樹液を啜ることはできなくなってしまったが。

それでも私は時々森へ出かけるようになった。
そこで私はかつての生活を懐かしみ、しかし新しい生活も少しずつ楽しめるように思えてきた 。
突然私は左腕にチクリとした軽い痛みを覚え、咄嗟にその部分を押さえた。
手を離してみると左腕は小さく赤く腫れ上がり、右の手のひらには一匹の虫が死んでいた。
それはかつての私自身だった


2000.5.28 BOOKWORM 'Worm Special' とフランツカフカのために

無題

たどり着くための生と
迎え入れるための死とが
同じ物の一部である事を知ったときに
それは古いギターの形をして現れた
僕のすぐそばに 

 
脱ぎ捨てたTシャツのように
僕の手の届くところに


いつか僕はそれ手に取るだろう
必要となったときに
または必要がなくなったときに
何気なく
タバコでも取るかのように


2000.6.1何度目かの誕生日の前日に

電話

君はさっきから
つまらないTVの
スイッチを切れないまま
どうでもいいような相槌を
うっている 

 
ラップにくるんで
冷凍庫に放り込んである
あの夢のことは
できるだけ考えないようにしている


やり忘れた何かが
何であったのか
思い出そうとする事さえも
やり忘れようとしている


自慢だった羽は
先週の土曜日に
タクシーの中に
置き忘れたきり
まだ見つかっていない


君の姿は次第に消えてゆき
唇と肛門だけが
わずかに残されていたが
今ではそれさえも
見えなくなってしまった


ちなみに、

君がずっと探しているものは
さっきあそこの… <以下、無音>

20007.30

告白

僕は今日も
汚れたブーツを履いて歩いている 

 
人と会っても
うまく話すことができない


いくつも嘘をついた
いくつだったかは思い出せない


わかったような顔をしているけれど
本当にわかった事なんて一つもない


君の顔を思い出そう
できるだけ正確に


君とずっといられるならば
不景気なんか僕は気にしないよ

2001.11.3

臭い

近頃、僕の住む世界は
ひどく イヤな臭いがする 

 
ある晩 見知らぬ男が
僕の部屋を訪ねて来て
玄関先で言うことには
こんなにも世界が
腐ってしまったのは
全て 僕のせいと言うことに
なっているらしい


ちょっと 腹が立ったので
殴ってやろうと思って
掴みかかったけれど
なぜか次の瞬間 僕はその男を
見失ってしまったんだ
ちょうど ついさっきまで手に持ってた
部屋の鍵かなんかを
どこかになくした時みたいに


僕はとても不安になったので
友達に電話をかけると
男はその友達のところにも
現れたらしい
別の友達のところにも
また別のところにも
恋人や 先生や
おじさんや おばさんのところにも
 

それを聞いて
僕はすっかり安心したので
その日はぐっすり眠ることにした

そして目がさめると
そんな事はまったく忘れてしまったんだ



いやな臭いは今でも続いている
友達の所でも 別の所でも
恋人や 先生や
おじさんや おばさんのところでも

2000.11.8 これからも住むであろう世界のために

言葉について

僕に今まで届けられた
たくさんの言葉は
一体どこへ行ってしまったか?

それは今も僕の中で
チャンスを覗っている
君に向かって発射されるために
"ズドン!"てね

そうして君に届いた言葉は
君の宇宙をぐるっと
一回りかそこらした後に
ほかの言葉と溶け合って
やがて見えなくなってしまう

不幸にしてそのいくつかは
翌朝のトイレの露と消えてしまうが
生き残ったいくつかは
君の血や肉の中で
またチャンスを待つのさ
誰かに向かって発射されるまで
"ズドーン!!"て

そしてそのうちの一つが
僕に向かって飛んでくる
僕の宇宙へ

だから僕は永遠に見ることのできない
君の宇宙を少しだけ知ることができる

2000.3.15