ある朝、目覚めると私は一人の人間になっていた。 自慢の美しい羽も、誇らしげな角も失われ、醜い鈍重な肉と見苦しい毛だけが私の骨格に纏わりついていた。 落胆のあまり私は初めの数日を泣いて過ごした。 そもそもこれまで目や鼻から液体を分泌した事などなかったのだ。 口からはおぞましい嗚咽が漏れ、それが私を尚一層悲しくさせた。 もう二度と夕暮れの川面を、せせらぎの飛沫をうまくよけながら飛び回ったり、初夏の森の葉陰で仲間達と濃厚な樹液をすすることも無いのだ。 あるとき私は思い立って脱皮を試みたがしかし背中の皮はピクリともしなかった。 死んでしまおうとも思ったが、その方法すら思いつかなかった。 街灯に飛び込んだくらいではこの巨大な体が燃え尽きるとは考えられなかった。 私は運命を呪い神を呪った。 だがそして数日の後、私はついに立ち上がり人間として生きる決心をした。 覚悟さえついてしまえば、なれない2本の足で地面を踏んで歩くのも、獣の肉や草の実を丸ごとほおばるのも悪く無いように思えてきた。 甘い樹液を啜ることはできなくなってしまったが。 それでも私は時々森へ出かけるようになった。 そこで私はかつての生活を懐かしみ、しかし新しい生活も少しずつ楽しめるように思えてきた 。 突然私は左腕にチクリとした軽い痛みを覚え、咄嗟にその部分を押さえた。 手を離してみると左腕は小さく赤く腫れ上がり、右の手のひらには一匹の虫が死んでいた。 それはかつての私自身だった 2000.5.28 BOOKWORM 'Worm Special' とフランツカフカのために |