「君はもう行かないと君の列車に乗り遅れてしまうぜ」 無精髭の聖者がバーカウンターに寄りかかって俺に言う 俺は傍らの荷物を引っ掴んで店を飛び出した 背後からバーテンダーが伝票を片手に追いかけてくるが 今はそれどころではない 道の真中ではでっかい金髪の男が 浅黒い髭面と大声で怒鳴りあっている 俺は奴等の間を割って走り抜けた 急がなくては 何がなんでもあの列車に 乗り遅れるわけにはいかないのだ 遠くで発車のベルが鳴っている 俺はスピードを上げた 町の景色がドロリと融けて 背後へと飛んでいく 次の瞬間 俺は駅にたどり着いていた 「間に合った!!」 息を切らして見渡すと 辺りには誰一人 駅員すら見当たらない そこで俺はやっと気がついた 俺が乗るはずの列車など いや、駅すら初めからそこにはなかったのだ ただ、人の悪い酔っ払いに からかわれただけだったのだ ガランとした空き地を後にすると 俺は今来た道をとぼとぼと歩きはじめた 2003.11.30 |